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紀州蜜柑とハウスミカン
| ●紀州ミカン |
中国原産の『甘子(こうじ)』が、日本に伝わって、熊本県で栽培されたのが始まりとされています。小ミカンとしてその後各地に栽培が広まり、江戸時代中期に和歌山県有田地方を中心に和歌山県が一大産地になったことから、『紀州みかん』と呼ばれるようになりました。紀国屋文佐衛門が船で江戸に運んで蓄財したのも、駿府城内にある「家康公お手植えのミカン」も紀州ミカンといわれています。
果実は30gのミニサイズ。皮が薄く、皮はむちむちぱちぱちというより、浮き皮の ものが多くみられます。それだけに、皮をむいてみると、「ミカンの赤ちゃん」という感じで、そのかわいいことといったら! タネが多いことから「子宝運」をよくするとして栽培されていましたが、明治時代後期になって、温州ミカンにとって代わられました。
平紀州と、タネのない無核紀州があり、平温州が鹿児島県の特産になっている桜島小ミカンです。12月中下旬に熟します。団員の店では、鹿児島市のかこいフルーツ店が毎年、桜島小ミカンを地方発送しています。
小さいながらも味と香りが風流で、なかなかいいものです。和歌山県や鹿児島県の生産者の方々、紀州ミカン、桜島小ミカンの灯を消さないようがんばってくださ〜い(ホントは全国に流通すればいいのですが、量が少ないのでムリですね)。
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| ●ハウスミカン |
その昔、ミカンは12〜1月に出回っていました。でも、早生品種が作られたり、貯蔵法が確立されて出回り期間がどんどん伸びていきました。温室内で加温栽培がされるようになって出てきたのがハウスミカンです。このハウスミカンが登場し、早いものでは4月頃から出回るようになって、ミカンをほぼ切れ目なく食べることができるようになりました。
真夏のミカンは酸味がなく、甘いのが特徴で、冷やして食べると、いっそう甘みが増すように感じられます。普通温州は一般庶民という感じですが、ハウスミカンはいわば温室育ちのお嬢様、夏の贈答品としても救世主になりました。
平成6年産の出荷量は全体で6万5800t、ベスト5は佐賀県1万1700t、愛知県8400t、愛媛県7410t、大分県5750t、長崎県5060tの順になっています。
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2000年夏に、愛媛県のハウスミカンの園地を訪ねる機会がありました。山の斜面にハウス棟が連なっていました。夏もハウス内はサウナのように暑い。でも、風がないというだけで外との温度差は少ないので、まだましです。冬は外が厳寒なのに、ハウス内は温度が高い。そこに出入りしながらの作業なので、生産者は自分の体内の温度調節だけでも大変です。「若いうちに始めていないと肉体的につらいから」と、ハウスミカンを手がけていない理由をある生産者の方が話してくれました。糖度を1度上げるのは技術的に可能だが、そうすると木の寿命を1年縮めることになってしまうとか。老木になってしまった園地でも、「これまで自分たちのために一生懸命実をつけてきてくれたと思うと、木を切るにしのびない」と、ある生産者が語るのを聞き、丹精込めてとはこういう気持ちなのだろうなあと思いました。でも、ハウス栽培には、相当量の石油を燃料として用います。「環境にやさしくと言いつつも、実際には環境によくないことをしている、このままハウス栽培を続けていってよいのだろうかとのジレンマも感じる」。消費者は夏に甘いミカンを食べられることに慣れてしまっているのかもしれませんが、生産者の人たちはいろいろと悩みつつ生産しているのですね。
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