■ 改装して3年の店が全壊
第12回優良経営食料品等小売店コンクールで農林水産省食品流通局長賞を受賞した長田青果(株)を訪問するのは2回目である。
最初は1992年夏だった。長田青果(株)は小売市場に入っていて、その年の3月にモダンな「NAGATA食遊館」にしたばかりだった。
セルフの食品売場は「グルメマート」と命名されていた。店内は黒い天井で、壁面には黒い陳列ショーケース、やや暗めの照明、スポット照明など、高級住宅地に出店している食品スーパーというイメージがあった。セルフであっても専門店らしさがあり、「こだわり商品コーナー」などもあった。
その後、1995年の阪神淡路大震災があり、店は全壊、建物ごと新築して1998年に再スタートを切った。そして、再訪し売場を見た最初の印象は、「あれ、ふつうの店になっちゃった」という、少々落胆の思いである。それほど以前の高級感あふれる店はインパクトがあった。近くにはジャスコもダイエーもある。当然以前からの路線を引き継いでいくものと思いこんでいた。
だが、違った。そこには復活に賭けるための経営哲学があった。かつての改装では、活性化委員長を務め、副理事長であった堀上統央氏は、震災後の改装では理事長としてリーダーシップを発揮した。
苦しい時期をどう乗り越えてきたか、その経緯を聞くことにより、今回、なぜ庶民的なイメージの店になったかを理解できた。と同時に、経営とはいかに厳しく、奥深く、またやりがいのあるものかと感心した。食遊館、長田青果(株)の今日を知ってもらうには、やはり過去から知っていただく必要がある。
■ 食遊館の歩み
食遊館の正式名称は「長田公設市場」である。92年頃、小売市場は100あったが、震災の被害を受けて2002年には65に減ってしまっている。中でも食遊館のような公設小売市場は長田、宇治川、西須磨の3か所しかない。
長田区といえば、大震災の被害が大きかったことで知られる。神戸市内の全半焼の6割は長田地区であり、約13万人あった人口も一時10万人を切っていたが、10万5000人前後で推移している。それでもよくテレビに登場していた菅原市場周辺は空き地が目立つし、全国最大のシェアを占めていたケミカルシューズ産業も完全には立ち直っていない。
競合店は、川を隔てて10m隣に長田中央市場(対面販売26店)があり、隣接して長田市場商店街南サンドール街、約20m離れてダイエーグルメシティ長田店、200m離れたところにジャスコ長田店がある。
こうした現状をふまえたうえで、長田公設市場の歴史をたどってみよう。
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1922年 |
長田公設市場設立。 |
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1966年 |
火災で全焼。その後2階以上が分譲住宅の5階建て再開発ビル1階を市から借りて営業 |
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1978年 |
31店で6億円強の最高売上げを達成 |
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1991年 |
至近距離にダイエーが出店(3月)。長田公設市場は空き店舗も出て24店で5億円強になり、ジリ貧状態が続く。 |
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1992年3月 |
11店が出資しリニューアル(専門店5店、グルメスーパー)。不足業種は、1992年(株)遊亀を設立して補った。「きっかけがないと活性化といってもなかなか取り組めませんが、ダイエーの出店は『何とかせねば……』と最後の起爆剤になりました。しかし、まともに勝負したのではとてもかないません。そこで、専門店としてのキャリアを生かすために、スーパーというより、むしろ百貨店の食品売場をイメージして高級感を図りました」(堀上氏) |
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1992〜1994年 |
年間売上げ9億円を達成 |
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1995年1月 |
阪神淡路大震災により1階全壊 |
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1998年3月 |
8階建てビルを新築し、1階で店を再開、92〜94年以上の売上げを確保 |
92年3月〜95年1月までの「食遊館」
■ 高級感のある店づくり
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入り口にはアイスクリームのテイクアウトショップがあり、店前の広場はガーデンテラス風になっていた
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入り口すぐの専門店街(5店)の奥にグルメマートがあった。現在専門店は2店
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グルメマートは約500u、それぞれがミニ専門店的な雰囲気だった
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果物売場も高級感のある陳列を工夫していた
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長田青果(株)は、当初は果物小売業でスタートしたが、尼崎中央卸売市場における果物仲卸業、酒店経営(当初隣の小売市場で経営していたが、1998年の新店オープンの際に「食遊館」の酒売場を担当)、マンション経営など多角経営をしてきた。堀上さんは1965年に入社後、多角化を推進してきたが、食遊館理事長として、また、神戸果実商業協同組合理事長として、もっぱら小売業に関わっている。
■ 「高級感」から「買いやすいイメージ」へ
かつての高級イメージの店を頭に描いていたので、新しい店に入ったときはイメージの落差が大きかった。「庶民的」「買いやすそう」「どこにでもある感じ」になったのだが、一般に、高級イメージにリニューアルしても、高級イメージからフツーのイメージに逆戻りするのは難しいのではないだろうか。周辺に住む人たちは震災から完全に立ち直ったわけではないから、そのあたりも配慮してのことだろうか。
「92年から3年間経営してみて、売上げも毎年上がっていましたから、あれはあれで成功でしたし、時代が求めている店だったのだと思っています。しかし震災で中断を余儀なくされ、新店舗を建築するまで3年間のブランクがあった。それで、これまでの経営で出てきた問題点や課題などを洗い出し、解決方法を考えました。
食遊館には、もともと中高年の買い物客が多かったのです。そこで、値札などが見やすいように、照明を明るく、文字も大きくして、買いやすい店というイメージにしました。
2000年に中小企業指導センターの協力を得て、マーケットリサーチを実施しましたが、客層の多くは50代より上だということがわかりました。彼らは家族数が少ないので、1回の購入量が少ない。彼らを固定客としてがっちり確保し、なおかつ若い人たちも新たな顧客として開拓していこうと、果物部門では販売単位の小さな売り方をすることにしました」
買いやすさを重視しているのは、陳列でもわかる。専門店としてハシリの果物から輸入果物まで幅広く扱うか、あるいは扱い品目は少なくとも旬の果物に絞り込むか。食遊館では後者を採用している。旬の果物ならば、バラ売り、2個、3個、4個パックと4〜5アイテムある。同じ2個売りでも大きさや産地によって価格が違うが、2パック購入したとしても600円以下だと割安感は大きい。
果物は季節感を演出するのに最適だが、この店ではさらに彩りを効果的に用いている。顧客動線の調査を行って、果物に限らず効果的な色彩や陳列をしているそうだ。
仕入れは神戸中央卸売市場からで、他市場にある自社の卸部門は利用していない。仲卸は2社に絞り込み、速やかな支払いをモットーとしているので、大量仕入れや品質に対する細かな要望にもこたえてくれるという。
「今の果物は大きくなりすぎています。お客さんは必ずしも大きなものを望んでいるわけではない。そこで、うちでは割安な小玉を大量に仕入れて販売することがありますが、とても好評です。 客単価が小さくても客数が多ければいいんです。果物の客単価が300円で1日約600人です。これだと粗利5万4000円。一方、酒は客単価700円で300人、粗利3万3600円です。一見すると酒の売上げのほうがよさそうですが、果物のほうが粗利がとれる商売になっているのです。
これが以前の店との大きな違いです。以前は500円以上の品を2品くらい買ってもらって客単価1200円くらいを想定していたが、いまは客単価300円でも以前よりも売り上げているのです。特売をすれば、バナナなど通常の2.5倍くらい売れます」
■ 顧客ターゲットを明確にする
震災後に、順調に歩んでいる店の中でも、食遊館は組合、個店経営を含め、最一番店だそうだ。その中でもセルフ部門の入り口で果物と酒を扱う長田青果(株)は、野菜部門と並び、売上げトップ約1億3000万円をあげている。
当初の予想通り、一人暮らしの高齢者、若者の固定客が増えた。食遊館全体でも約11億円。新店になってからは以前よりも2億円以上多く売り上げている。1日の来店客数も2500〜3000人で、以前よりもコンスタントに約500人増えている。
近隣のスーパーに比べれば、専門店らしいきめ細かさがあり、買いやすさ、親しみやすさに勝っているといえる。また、隣の対面販売を利用した小売市場も個々に見るとよい店ばかりである。だが、通路が広くて見通しがよいので、買い物している姿が多くの店から見える。いきおい同業種の店をはしごしづらくなった。なじみになればなるほど、客がその日買い物をしなかった店に対して気を遣いそうな感じであった。
「この店ではターゲットとする客層を中間層に絞り込みました。高級層まで取り込もうとすると中途半端になる。見学に来た人がよく上下を切り捨てられたと言いますが、だからこそうまくいったのです。固定客にするために遊カードという会員カード事業にも取り組んでいます」
ポイントカードの会員数は実働8000人。買上げ100円ごとに1ポイント、500ポイントで500円分の買い物券を発行しているが、利用客は約70%になっている。
各店が独自にその日の特売商品を決めるが、会員価格は3割引ぐらいになる。チラシによる全店特売でなく、当日の買い得を店頭に掲示する仕組み。したがって、顧客の来店頻度も高まり、特売商品を購入する割合も増えている。また、毎月2日間を「Happyレシートデー」として、レシートの裏にHappyマークが出たら、500円分の買い物ができるHappy券なども好評である。
98年3月新装オープンした「食遊館」
■ 顧客を絞り、買いやすさを優先
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通路の広さは変わらないが、店全体が明るく、親しみやすいイメージ。高級なイメージから庶民的なイメージに切り替えるのは勇気が要るのではないだろうか
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旬の果物を多アイテム品揃え。見やすいPOPが特徴
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酒売場(セルフ売場入り口と、写真の冷蔵ケースの一部)は酒専門店とディスカウント店の中間を目指した。果物・缶詰・ジュース類55%、酒45%
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「食遊館」では入り口のボードでその日の特売品がわかる。カード会員は3割引ほか特別価格
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■ 小売市場としての模範事例
こうした企画を推進しているのも堀上さんの理事長としてのリーダーシップによるところが大きい。定期的な会議を開催して決めていくが、一国一城の主である人たちが全員納得する形で進めていくのは、なかなか大変なことだろう。何もかも順調に来たのだろうか。
「新店をオープンすると物珍しさが薄れた3年目くらいで数字が停滞するんです。前の店のときもそうでした。うちの店は買いやすさは重視しているが、決して安売りの店ではない。壁にぶつかったときに売上げを重視するとどうしても値下げに走りがちですが、再開後は利益率を重視して、価格、品質ともに下げないように全店で意志を統一しました」
食遊館全体の経費分担についても事業に応じて比例制、定額制をとったり、POS通過料についても細かに取り決め、各店にとって無理がない、不満の出ないような仕組みを考えている。
個店の問題点や課題を個店で解決するのでなく、全体で考え、解決するようにした点が以前と比べて大きな違いという。野菜はすべての料理に入る食材であるので、野菜のよい店は集客力も高くなる。そこで、野菜部門の強化については全体で取り組んでいる。また、退店した部門(塩干・グローサリーなど)を補うために設立した(株)遊亀(堀上氏は現在会長職)も約2億6000万円と好業績をあげている。
このように自店の利益だけでなく、全体が一致団結してあたれるようになったのも、二度の困難な交渉事を乗り越えて現在があるからだろう。
1995年のリニューアルでは出資金1口1000万円プラス改装費などで、数千万円の借金を抱えた店が多かった。その支払いを完済していないうちに大震災に見舞われ、二重ローンを抱えることになったのである。建設費こそ復興の名目で補助を受けたが、約2年間の仮営業中は本当にわずかな売上げだった。新店への参加者は2店減って9店になった。
食遊館の成功を知り、視察にくる小売市場も多い。だが、形だけモダンにしてもうまくいかないところも出てきている。
神戸市内のセルフ式になった小売市場をいくつか見たが、客が少ないので店員同士が世間話をしている店、専門店が品揃えしているとはとても思えない商品陳列の店、量は多いが品揃えに特色がない店などもあった。食遊館では全体が一企業としての考えで、各部門ごとの責任者制を推進してきたことも大きいのかもしれない。ようやくノウハウを公開してもよいと思えるようになったという。小売市場としての考え方を学ぶのに、おおいに参考になる事例だろう。
■ 多角経営で乗り切る
震災後のテレビで、印象に残っているNHK特別番組のシーンがある。「みんな焼けちゃった」と焼け跡を見ながら半泣きしている奥さんに対して「いいわよ、命が助かれば。私なんか旦那が死んじゃったんだから」とサラリと言っていた。そのとき神戸の人はなんて強いのだろうかと思ったものだった。
震災で建てたばかりの店が被害を受け、3年もたたないうちにゼロから再スタートするというのはどんな気分だろうか。パソコンならばリセットするだけでよいが、現実には莫大なお金がかかる。「高い授業料になりましたが、震災後の2年間に問題の解決法をじっくり考えたことが血となり肉となりました」と堀上さんは語っている。
そして、もうひとつ。長田青果(株)の場合は、多角経営をしてきたことが困難に際しても乗り切れた大きな理由になっているそうだ。
小売部門は震災により大きな被害を受けたが、卸など他事業で生き延びることができた。食遊館再開後は小売業が順調で、むしろ卸部門が輸入果物の売行き不振などで赤字が数年続いているという状況になっている。連結決算のため、全体では赤字となっているのが、コンクールの評価では響いたのかもしれないが、小売部門はいたって順調である。
「天災や景気低迷など、何があるかわからない時代には、リスク分散としての多角化が必要であり、当社の場合はその土台になったのが小売業でした」
小売市場、自社の多角経営などを通じて幅広い視野で小売業を見ることができることも食遊館の復興を早めたのかもしれない。堀上さんが語った「経営は進化する」という言葉が印象に残った
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