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大阪市天王寺区日の出商店街。玉造から鶴橋まで続く長いこの商店街は、日の出北、中、南の3つがアーケードで繋がって伸びている。
日の出北商店街は地下鉄・長堀鶴見緑地線玉造駅5番出口前から始まる。各商店街の店を見て歩くうちに鶴橋にたどり着く、そういう寸法だ。
「ふるーつしょっぷおざき」は日出北商店街の玉造側スタート地点のまん前、日の出プラザの1階にある。商店街の通路に張り出した平台には季節の果物がきれいに飾られている。この時期、店頭を彩るのは氷で冷やしてあるカット西瓜、台湾バナナ、フィリピンバナナ、カラーマンダリン、キンショーメロンなどなど。
バナナ類は壁面にぶら下げられ、その飾り付けに通りすがりの人が足を止めて見入ることも。おいしそうに見える演出を欠かさないわけだが、「おいしそうに見える」だけではなく、実際に「おいしい」果物を並べることにかけては、ここの店主、実にうるさいらしい。 |
| 店頭では氷で冷やしたスイカや、「味の王様」と銘打って台湾バナナを販売している |
●従来の販売方法から大逆転 |
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「7月に入ってから来てくれたら、ずらーっと桃が並んでるんやけどな」。尾A誠一さんはちょっと残念そう。店内は7月中旬から8月のお盆まで、桃で埋め尽くされる。白鳳、紅清水などの桃が揃い踏みして、店の端から端まで並ぶのだという。
お邪魔した6月中旬はブドウが並んでいた。6月下旬にはピオーネが平台に盛り上げられ、それが7月上旬にはマスカット・オブ・アレキサンドリアに取って代わり、中旬には桃が参入する。果物の旬の勢力地図が刻々と変わって行くのを、おざきでは目の当たりにできるのだ。
旬の果物一色で展開される売場、この大胆な方法は6年前、誠一さんが後継者になって店を切り回すようになってから始まった。それまでは大きな平台を店の中心に据え、さまざまな果物を盛って販売するいわゆる「普通の果物屋さん」だった。1951年に祖父が始めた店を父親が継ぎ、町の果物屋さんとして親しまれてきた。いわば当たり前のやり方で商売をしてきたのだが、3代目になって従来とはまったく違うやり方になった。
まず、店の中枢を占めていた大きな平台を撤去。小さな平台を4つ店の前に張り出し、旬の果物や贈答用セットなど各台に特色をもたせた陳列を行った。もちろん、どういう店作りをするかは親と話し合い、検討を繰り返した結果の決断だ。
「親父のときは安い品をなるべく量を揃えるというやり方やった。ぼくは台に無理に乗せず、進物やパック商品も置く方法を取った。親父の代から比べると、商品の量は減りました」
来店客も最初は「えらい品数が減ったなあ」とびっくりしたという。けれど誠一さんは平気な顔。「ま、大阪中央卸売市場がうちの冷蔵庫やと思うたらええねん」。必要な商品はちゃんと市場から仕入れてくる。そして旬のおいしいもの、国産ものを中心に揃えたらええんや、と。
国産ものを選ぶのは、熟し具合を見ながら摘果するから、おいしいものが手に入りやすいためだ。青いうちに出荷する輸入ものでは果物本来のうまみが出ない。本当の味でないものは店頭に置きたくないのが本音。バナナは輸入品だけれど、盛り籠などには欠かせない果物だから店に置いている。その代わり、マンゴー、パイナップルなどは国産ものが手に入る時期は、国産ものしか置かない。その点は実にきっぱりしている。そんなわけで商品の数や種類は減ったが、内容はぐんと濃くなった。その秘密は産地直送にある。
おざきでは生産者と直接取引している品目は現在13種ある。ブドウや桃は岡山、イチジクやイチゴは大阪・羽曳野から。和歌山の生産者とも交流が深い。27歳の後継者は独自の仕入れルートを持っている。それも、祖父の代から付き合いのある生産者だけでなく、自分で開拓した人脈が多い。
●3代目は生産者!?
10代で親元を離れ、誠一さんは全国各地を歩いた。スキーに熱中して指導員の資格も取った。運送業にも就いた。長距離トラックを運転して各地を走り回り、その土地の名産を覚えた。やがて内装業に転職した後、家業を継ぐことに。
若社長就任の手始めは、店舗のレイアウト変更。それから産地訪問や店舗・販売方法の研究に着手した。店舗・販売の研究では大阪市内の果物専門店を見て歩き、東京、山形、山梨にも足を伸ばした。産地訪問はみかんを探しに和歌山に出かけたのが最初だ。朝、生産者を訪問して話を聞かせてもらい、夜は漁港で寝た。そういう生活を1ヵ月続けてこれぞと思う生産者を探し回った。訪ねていくと生産者は気軽に会い、いろいろ教えてくれたという。
「どこにでも突っ込んでいける性格やから、探すのは苦やないねん」
みかんの次は桃の生産者を探しに岡山に行った。歩き回り、紹介してもらい、教わり、話し合い、人脈の輪を広げた。交流を深めるなか、やる気はあっても味が今ひとつな生産者には、正直にその旨を告げ、改良をアドバイス。とはいっても自分が品種や栽培のことを知らなくては話ができない。果物図鑑を見て勉強し、実地に話を詰めていくうちに、ついには自分も生産を手伝うことに。3代目になった直後のことだ。
「机の上の勉強は机の上のもん。ぼくは鍬を持つのは好きやから」。誠一さんは生産者のところに寝泊りして桃作りを一から勉強した。自分で働いてみることで、天候や肥料で左右される果物作りを体で覚えた。と、いうわけで一年の大半を産地で過ごす。6月も上旬までは岡山で桃の袋かけをして立ち働いていた。
「もう7月前後は天候が崩れると機嫌が悪い悪い」。母親のあや子さんは苦笑いする。「生産を覚えれば覚えるほど、種類によって水はけや日射量の違いが分かってくる。そこに天候が加わる。自然のもんやからどうにもならんけど、この季節はどうしても喜怒哀楽が激しくなるねん」と誠一さんは桃の話を始めると止まらない。販売者でありつつ、心は生産者なのだ。
桃の出荷が始まると、寝る暇がなくなる。朝は大阪中央卸売市場に仕入れに行き、夕方まで店に出る。夕刻、岡山に向けて出発し、夜は車で仮眠。朝、桃を積んで大阪に戻り、それから卸売市場に仕入れに行く。自分で桃を受け取りに行くのは、自分の目で見て選びたいのと、大事に運搬したいからだ。運送業者に頼むと、荷物の扱いが分かってもらえない。旬の果物を運ぶ微妙さは作った自分が一番よく知っている。だから眠る時間を削ってでも誠一さんは岡山に通う。
これだけ気を使うのは、自分が生産した桃という愛着もあるだろうが、消費者に一番おいしい状態で食べてほしいからだ。
おざきは店の方針を大転換して商品数を減らし、品質を厳選したが「町の果物屋さん」の基本は変えていない。ただ、単価は高くなった。桃では1個2000円の値段がつくものもある。一般消費者が少しひるむ金額だ。「こんなに高い」と言いたいのを多分こらえて「これ、おいしいのん?」と、聞いてくる昔からのお馴染みさんもいる。
そんなとき誠一さんは、目の前でぽんと2000円の桃を切り、お客さんに試食してもらう。おいしさに納得した人は気前よく財布を開ける。「値段で買ってほしいんじゃない、おいしさで買ってほしい」から、高価な桃の試食も「食うたら分かる」とへっちゃらだ。「お客さんに嘘はつかない商売をしたいんです。自分で食べてもいない商品をすすめることはしません」
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| 「只今りんごは本貯蔵品なので、食感は旬時期よりも多少落ちると思われます」と正直にメッセージ |
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決して安くはないが、おいしい果物が必ずある店との評判が高まり、桃の販売は順調に伸びた。桃を始めるまで、中元の売上が落ち込んでいたのが好転。桃が店を埋め尽くすようになって5年、進物用では1200箱を売るまでになっている。
桃が好調なのはとにかくおいしさを追求した結果といえるが、ポイントはもう一つある。生産者名をはっきり出していることだ。おいしければ消費者にその名は覚えられ、次の注文に結びつく。事実、進物用に買った人がその年の内に翌年の予約をすることも多い。産地直送用のパンフレットにも桃やブドウの種類、生産者名を明記しているし、店頭の商品にも書いてある。おざきに出荷する生産者は自分の名を明記され、実力を問われることになる。 |
●生産者と消費者をつなぐ
生産に力を注ぎ、おいしいものをお客さんへの心意気は様々な発想を生む。おざきの春のイベントは「桃の花見」だ。得意客やなじみ客に声をかけ、誠一さんが日頃汗を流している生産者のもとへバスを仕立てて訪問する。
この試みは今年で2年目。「桃の花がこんなにきれいやとはなあ」と、お客さんの評判もいい。花を楽しみ、生産者と酒盛りをして、交流をする。ときには消費者からの要望も出る。だが、なによりも「自分が食べたり、贈ったりした果物を作った人」と接するのは顧客にとっての意味が大きい。生産者にしても、自分の作った果物を喜んでくれる人と直に会って意見が聞けるのだから、今後の作業に張りが出る。
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| 贈答用マスクメロンには生産者の名前を入れて販売するなど、味と信用にこだわる
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おざきの3代目は単に果物を売るだけでなく、作り手と買い手を花見という行楽を通してつないでしまった。ふだんは産地に行きっぱなしで、店は母のあや子さんと妹の由美子さんに任せていることが多い。しかし、要所要所で顧客の心をぎゅっとつかんで離さない。
たとえばブルーベリーの季節。生の果物の横にあや子さん手作りのジャムを並べておく。「どうやって作るの?」とお客さんが聞けば、用意しておいたレシピを渡す。希望があれば甘さの加減を聞いて、あや子さんが作る。
西瓜もそうだ。店頭では氷でゆっくり芯から冷やしておく。お客さんが買うころには冷蔵庫に少し入れておけば食べごろになるようにしてある。食べごろの目安は「おいしさ温度計」というシール。頃合になると、シールに模様が浮き出して知らせてくれるというものだ。
「お客さんが今、持って帰っておいしく食べられるものを」。ふるーつしょっぷおざきの基本精神である。 (レポート E.N)
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