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歳時記


 3月  
     
雛ひな祭り
   3日は桃のせっく節供、三月三日と三が重なることから「重三(ちょうさん)の節供」とも呼ばれる。

 草や布きれで作ったひとがた人形(比々奈=ひひなといいこれからひなとなった)で身体をなでて我が身のけがれを移し、水に流して厄除けをした「流しびな」からきている。この風習に3月初めの巳の日に禊(みそぎ)をする中国の風習が混ざりあって定着したもの。川に流すには惜しいほどの、装飾的な人形を飾るようになったのは江戸時代の初期あたりからで、ひな段になったのは中期、さらに後期には、良縁を願って嫁入り道具なども飾られるようになった。いつまでも飾っておくとお嫁にいき遅れるといわれ、祭りの翌日にはすぐ片付けるのが習わしである。ひな祭りのごちそうは新鮮な魚介類や春の野菜が出回ることからお寿司とはまぐりのお吸い物です。

 はまぐりは他の貝殻とは絶対に合わないことから女子の貞操を表したもの。
 
啓蟄・けいちつ
     啓は開く、蟄は土中の意味で、冬の間土中の中で眠っていた虫やカエルが春のぬくもりに目を覚まし、ぞろぞろとはい出してくる時期という意味。日増しに気温があがり日ざしも明るくなって、住まいの外回りの汚れも気になってくる頃となる。
 
三寒四温
    3日間寒い日が続くと、次の4日間暖かい日が続くというように、気温の変化が激しい季節で、三寒四温と呼ばれる。これは移動性高気圧と低気圧が交互に通過するためで、春先特有の現象。
 
お彼岸と春分の日
   20日前後は彼岸の中日で春分の日、その3日前が彼岸の入り、3日後が彼岸の明けという。「暑さ,寒さも彼岸まで」といわれるように、風の冷たさも和らんでめっきり春めいてくる。彼岸とは梵語(ぼんご)の「波羅密多・パーラミータ」から出た言葉で、われわれのすむ煩悩,執着の世界である此岸(しがん)から悟りの境地、仏の世界である彼岸に到達することを指す。

 彼岸は仏教思想(浄土教)に由来し、春分と秋分はともに昼夜の時間が同じで、太陽が真東から出て真西に沈むことから西方極楽浄土を願い求めて、我が国でも始まったとされる。祖先を祭る風習として墓参りをし、供物(くもつ)の彼岸団子,牡丹餅・ぼたもち(小豆の粒をまぶした様子が牡丹の花と似ていることから呼ばれ、秋はお萩という)を供える。平安時代初期から宮中で行なわれ、庶民まで広まったのは江戸時代に入ってからである。