| 八十八夜 |
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立春から数えて88日目,太陽暦では1,2日ころ、八十八夜の別れ霜と呼ばれるようにもう霜の降りる心配がなくなり、安心して農作物を育てられるようになる。この頃になると茶の木に新芽が出揃って緑一面に光が輝く、春の穏やかな陽光の中で育った新芽は柔らかく、渋味が少なくうま味とふくよかな香りが新茶として珍重される。
ひとこと う−ん、うちの店でもマネキンさんが試食販売をしていましたが香りがいいですね、やはり新しいのは畳と−−−と新茶ですね、 |
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端午(たんご)の節供、こどもの日 |
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推古天皇(在位592〜628年)のころに中国から伝わったもので、端は始めの意味で、端午とは月の始めの午(うま)の日のこと。厄払いとしてしょうぶは魔除け,よもぎは毒消しの作用があることから軒先に菖蒲やよもぎを挿したり、菖蒲湯に入ったりする。のちに男子の節供となったのは、平安の末期,武士階級が興隆しだして、「菖蒲」が「尚武(武道を重んじる)」に通じるとされ、江戸時代には男の子の出世や武運長久を祈って武者人形を飾ったり、鯉のぼり(中国・黄河の急流,竜門を昇った鯉は竜になると言い伝えられ、鯉は立身出世のたとえにされている)を揚げ、柏餅や粽(ちまき)を食べる風習も生まれた。
ひとこと 当地札幌では庭の雪が溶けるのを待っていると鯉のぼりを立てる期間が短い、まして子供が大きくなると、まあ−いいか−ということになる。そのうえ、菖蒲をお風呂に入れる習慣がほとんど定着していない。これも考えると当たり前のことで、北海道で菖蒲が咲くのは7月ころかな− |
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| 母の日 |
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1907年(明治40年)に、アメリカのウエストバージニア州のアンナ・ジャーヴィスという女性が、母の命日に霊前に捧げた白いカーネーションを参列者に配ったのが始まり。7年後の1914年にアメリカ議会が5月の第2日曜日を母の日と決めた。カーネーションの花(亡き母をしのぶ者は白、現在の母には赤)を胸につけ、母の愛に感謝のしるしとする。わが国には大正年間に伝わった。
ひとこと つきあいで会社から自宅の奥様宛にカーネーションを送ります。でもいつも思うのですが、パンフレットはきれいで大きく見えますね。野菜や果物だと食べて納得する部分もあるのですが、カーネーションは−−−もっとゆとりがなくては−−反省ですね。 |
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