|
|
|
|
 |
中国が原産でイネ科。平安時代初期の「竹取物語」に、かぐや姫の話があり、竹の中に女の赤ちゃんを見つけた…とあり、これはハチクかマダケであろう。今、食用としている孟宗竹(もうそうちく)は、わが国へは、1532年に琉球を経て薩摩に伝わり、江戸時代に各地に広がり食用とされた。アメリカのトーマスエジソンが1880年、京都のマダケを炭化して電球のフィラメントに利用し、光をともした話はあまりにも有名である。
標準種は孟宗竹で、岩手以南に分布し九州から産地が北上する。深さ10p内外の地下茎から発生するのは缶詰め用、25p前後から発生するのが市場向けとなる。九州の生産量は全国の約半分を占め、生産されるたけのこの大部分は缶詰めに加工して流通する。最近は朝堀りをすぐボイルして殺菌処理しないものをフレッシュボイルタケノコと呼んで旬の生の味が手軽に食べられる。また、缶詰めは中国,タイ,台湾からも大量に輸入されている。 |
たけのこは鮮度がすべてを決めるとまでいわれ、柔らかくシャキッとした歯ざわり,特有のエグ味,新鮮な香りは、シュンのものならではの持ち味である。自然物は色が濃くて肉が薄く固いが、栽培物は地中で生育させるので、日光や空気にさらされず肉が厚くやわらか。堀り立てならアク抜きをしなくても食べられるが、時間を経るにしたがってアクが強くなり、エグ味がでて繊維が固くなる。たけのこは繊維を多く含み腸の運動を活発にして便秘を解消する。一年中出回っている野菜が多い中で、たけのこほど、昔ながらの本当のシュン(4月)を守っている物も少ない。
食べるときには、根元は固いので炒め物か,すりおろして粉をつなぎにして揚げ、汁の実,煮物に、中間部は乱切り,輪切りなどにして煮物,和え物に、先の方は形を生かしてサラダ,吸い物などに使う。また、姫皮も汁の実や和え物に使う。 |
|
選び方と保存
外見はずんぐり型のきつね色でつやがあり、根元の皮が淡黄色,切り口が淡黄白色で茶褐色のものは避ける。保存はゆでて水に浸して冷蔵庫へ。
旬 4月
|
|
 |
|
ひとこと
北海道では孟宗竹は寒いために出来ない。従って生の筍を食べる人も少なくあまり売れない。しかし、当地で筍といえば、細長い、俗称−ネマガリタケ、地ダケ−正式名称はチシマザサである。5月の末から6月にかけて、ちょうど小学校の運動会シーズンと重なりお昼のお弁当はおばあちゃんの煮物、地ダケややまぶきがおいしい。 |
|
|
たけのこのゆで方
たけのこをゆでるには米ぬかやとぎ汁などに赤とうがらしを2・3本入れて、頭の部分を斜めに切り落とし中央に包丁を入れて皮ごと水からゆでる。これはたけのこのエグ味のホモゲンチジン酸と蓚酸(しゅうさん)のうち、蓚酸が米ぬかやとぎ汁のカルシウムと結びついて、蓚酸カルシウムとなってエグ味を減らすと同時に、ぬかや米のでん粉がのり状になって表面を包み酸化を防ぐので、白くゆで上がる。また、皮に含まれている亜硫酸塩が漂白作用をして、たけのこの繊維をやわらかくするといわれる。1・2時間ゆでて、竹串をさし柔らかくなったら火を止め、冷めたら一晩おくとよい。ゆでたたけのこの中には、白い粉の固まりのようなものがあるが、これはチロシン(蛋白質を構成する代表的なアミノ酸)で熱湯に溶けて冷水に溶けにくい性質のため固まったものである。保存するときは水につけて冷蔵庫へ入れる。毎日水を換えれば一週間ほどは保存可能で、使う前に一度煮立たせると中の水分が抜けて味がしみこみやすい。
孟宗竹(もうそうちく)
本名は江南竹といい、中国江南地方の原産である。名前の由来は、昔、孟宗という親孝行な息子がおり、年老いた病床の母のために寒中にたけのこを掘って母を喜ばせた、という話にちなんでいる。
タケとササ
一般に、たけの節ごとについて若い幹を保護している皮が、大きくなると落ちるものをタケ、いつまでもついているものをササという。食用とされる代表的なものは次の3種。
1.タケ属のうち、孟宗竹。
2.タケ属のうちで、ホテイチク…別名コサンチクとも呼ばれ、本州中南部,四国,九州,琉球に分布する。
3.ササ属のうちで、チシマザサ…根元がかなり強くわん曲するので、ネマガリタケとも呼ばれる。千島,北海道,北朝鮮と本州の多雪地帯に分布する。
ササの開花とねずみ
ササは一定周期で花をつけ、実を結んで枯れる。クマザサで120年,スズタケで60年くらいと言われる。もっとも古い記録は「日本紀略」(12世紀末)に呉竹が実り麦のようであった、と有る。ササの花が咲くときは全山が一斉に開花するときに開花に開花するときがあり、一斉開花の典型的な例は、民謡に歌われた「会津磐梯山」である。歌詞の「ササに黄金がエー、またなりさがる」とあるのは徳川時代初期(1605年)の開花、そして、寛文6年(1666年)の開花を指したものであろう。
ササの実は一斉開花のときで、10アール当たり200〜300sにもなり昭和31年(1956年)に木曽御嶽を中心に結実したときは、長野,岐阜,愛知にまたがる約5万ヘクタールの広大な地域となった。落下したササの実が地表を厚く埋め、このすべてがねずみの格好のエサとなり野ネズミの大発生を引き起こす。栄養は小麦と大差がなく、飢饉のときには人間も救荒食糧として利用してきた。 |
|
|