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以下の内容は、豊後高田商店街を2003年3月末に訪ねて見聞きした個人的な感想です。 

私的商店街紹介・豊後高田「昭和の町」1

大分県豊後高田市

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昭和の町

1 第11号館 柊(ひいらぎ)
2 第12号館 瓦屋呉服店
3 おもひで写真館
4 第13号館 釘屋金物店〜14号館 吉成電気商会 
5 第15号館 はかりや〜第1号館 安藤薬局
6 第2号館 千嶋茶舗〜長田商店〜松田履き物店
7 第3号館 肉のかなおか〜第10号館 ウエガキ薬局〜第8号館 塩屋商店
8 第5号館 二代目餅屋清末 杵や〜第4号館 生鮮自由市場〜第6号館 森川豊国堂
9 第16号館 カフェバー Boulevard(プルヴァール)〜いろは食肉店〜モンブラン
10 第7号館 日名子〜第17号館 宇佐参宮タクシー

 

   「昭和の町」の案内人は藤原ちず子さん。観光バスが毎日来るようになって、ますます忙しくなった。町を支える大事なスタッフの一人である。
 「月曜から金曜日までウィークデーはめいっぱい多く、土日曜は比較的少ないです。福岡、熊本、鹿児島、広島辺りからツアーがきます。今は待っていただいている状態ですが、北海道、東京からも申込みが入っているんですよ。なぜ待っていただいているかというと、現段階では案内人が2人しかいなくて調整がつかないのです。やはり説明をしないとわかっていただけないと思いますので」と残念そう。
 
 案内人はボランティアなので、今のように厳しい世の中だとなかなかやってもらえない。案内所の中に、お茶の道具を揃えるのでさえ予算がないために、自分たちで持ち出して購入したり、不要品をもらったりしながら作った。そうした苦労も苦労とは感じていないようだ。

  豊後高田市の観光スポットとしては、熊野、元宮、鍋山磨崖仏など、山道にある石仏がある。山に行けば仏の里、街に来れば昭和の町があるということをこれからアピールしていくそうだ。残念、私は仕事中心だったから、石仏などの観光はしなかった・・・。でも、次回訪ねる楽しみができた。

 まず最初に、桂川を背にして昭和通りを入っていこう。
 この川で旧暦の10月14、15、16日日にかけて行われる秋の大祭は、岡山、山口とともに日本三大裸祭りの一つとされ、900年以上の歴史をもっているそうだ。

 「昭和の町」は、初年度参加した店が7店、翌年10店で、参加した順に番号がついている。各参加店は看板や外見を昭和らしく変えたが(というより元に戻したらしい)、中は当時つくったそのまま。各店が看板を出し、お宝となる品を必ず置いているのが特徴。それらのお宝は、高価なものもあれば、これ何?と思えるようなものがあるが、すべての店で、その物語を語れる品物を置いている。観光客は買い物をしなくても自由に店内に入って店主の説明をきくことができる。こうした「一店一品」があるので、商店街の中に観光土産店と呼べる店はない。ここでしか作られていないもの、食べられないものを一品扱うようにすれば、それを買ったり食べたりすることが「昭和の町」のお土産になるという考え方である。
 
 
■11号館 柊(ひいらぎ)
創業年代/昭和59年、建築年代/昭和7年
一店一宝/町医者の往診スクーター
一店一品/大分名物の団子汁、豊後牛の炭火焼

 川沿いで商店街入り口のすぐ近くにあるのが「柊」というお食事処である。
 ここは昭和7年の建物。柊の前は小児科病院「木村医院」で、女医さんだった。その前は料亭だったそうだ。
 入り口に置かれていたお宝は「町医者の往診スクーター」。当時はまだ珍しかった女医の木村先生が颯爽とラビットスクーターに乗っているシーンは、NHK朝ドラの主人公にしてもいいぐらいだ。
 建物の中は、2階部分を外し、吹き抜けになっている。とても落ち着ける雰囲気。ここで、豊後牛の料理やだんご汁定食などを味わうことができる。昭和30年代は消費税がついていなかったので、消費税をつけていないというのもうれしい。

 店主の渡辺和子さんはこの地域でスナックを経営していたが、1999年にそれまで空き家だった現在の店を食事処「柊」にした。といっても、最初の頃にやってくる客はほとんど地域の人たちばかりだから、経営は楽ではなかった。昼食をやっていても、ランチを食べにくるのはせいぜい1〜2人。夜にやってくる少ないお客を当てにする生活が続いた。
 
 「ずっと2人でやれたんですよ。そりゃもう、街の中に人が歩いていなかったんですから。

 一昨年(2001年9月頃からお客が来るようになって、ここ2年ほどで売上げは倍以上アップしました。それでも、もうちょっと頑張れと言われますが、うちにとっては上等ですよ。昔は夜のお客が多かったけど、今は昼のお客のほうがずっと多い。かつては日曜日は休みだったのに、今では日曜日にも団体の予約が入ります。雲泥の差どころか天と地がひっくり返ったぐらいです。

 いまは種まきなんでしょうね。うちなんかは食べ物屋だからよけによいのかもしれません。昭和の町がスタートする前にオープンしていたので、よく辛抱してくれたとほめてもらっています。本当に、いつつぶれるだろうかと思いました。

 
渡辺和子さんと藤原ちず子さん

 今、昭和がブレークしていて昭和を取り上げたところが多いですよね。よそはテーマパークですが、ここは生きた街を活性化させようと頑張っているので違うと思います。

 大分空港に来る観光客は以前ならば湯布院ばかりだったのに、今は昭和の町に来てくださるんです。そりゃもうみんな頑張ってますから。本来ならば全部私たちが説明をしなければいけないのですが、藤原さんたちが案内してくださる。私たちは仕事がどんなにきつくてもはお金になりますが、この人たちはボランティアでお金にならない。それで、昼ご飯を食べる時間もないほど頑張ってくださっている。この人たちがいてくれて、昭和の町があって、私たちがあるんです。すごく一生懸命説明してくださっていて、本当に感謝しています。藤原さんたちが町を思ってくださる熱意と、私たちが感謝の思いで頑張っていることが観光客のみなさんに通じるのだろうと思っています。初めは団体でいらっしゃったお客様が、次回は奥様を連れてゆっくりときてくださったりすると、ありがたいと思います。

 ここはいちおう暖冷房もしているのですが、2階まで吹き抜けなのであまりきかないんです。年間を通して統一メニューなので、夏もだんご汁定食を出しているのですが、暑いさなかに熱い汁物を食べるのは若い人には厳しい。季節に応じてこれからメニューも工夫していかねばと考えています」

 
 おかみさんはおみそ汁やごはんのおかわりも気持ちよくよそってくれる。きさくな美人おかみといったところ。食事処であっても、自由に出入りし、スクーターを見るだけでもかまわない。冬にはコタツが入るそうだから、冬に訪ねてみるのもいいかもしれない。
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