本物をまじめに情熱を込めて売る
二葉の魚はあこがれのブランド
富山県は水産県である。富山湾には新湊、魚津、氷見などの漁港があり、時期に応じて豊富な魚介類が水揚げされる。『家計調査』の県庁所在都市別分類でみても、富山市の生鮮魚介類の消費量は例年全国ベスト3に入り、特に「タラ」、「ブリ」、「刺身等盛り合わせ」の項目では全国一になるなど高級魚の消費量が高い。
有限会社二葉のある砺波市は海に接していない。だが、魚好きなことでは県内のどの地域にも負けてはいない。二葉が昔から高級魚を扱って、魚好きな人を育ててきたともいえる。「二葉で魚を買う」、すなわち「今夜はごちそう」であり、ブランド好きな若い世代にとっては、二葉の高級魚は「憧れのブランド」にもなっている。
二葉は砺波駅より徒歩3分の商店街の中に立地する。かつては駅からの通行路として最も繁盛した地域だが、10年ほど前に大型駐車場を完備し、売場面積約10000uのジャスコが他地域に出店したことから、買物客の流れが大きく変わり、商店街の地盤沈下が進んできた。加えて、二葉の場合、87年の区画整理事業で角店であるがゆえに、店舗縮小を余儀なくされた。近年は郊外に中型食品スーパーが次々に出店して厳しさにさらに追い打ちをかける状況になっている。
これらの不利な条件を乗り越えるには、「二葉にわざわざ来てくれる客」を増やすしかなかった。それがより一層の高級化、本物志向であったわけである。
87年に改装した店は緑色の壁面にFUTABAと文字が入るだけで、一見するとブティックのような店構えである。店の前には季節感を出すために、小さな花々のプランターを置いているが、こうした細やかな心づかいが客には何より喜ばれるそうである。店内には大きな水槽があり、花が飾られ、清潔感のあふれる店になっている。トータルで魚の魅力を高めているので、この店に来て、旬の魚を見、味わうことが砺波の魚好きな人たちの何よりの楽しみになっているのである。
平台ケースに氷を敷いて新鮮な魚を販売。ケースは水はけが良いように工夫されている。
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二葉では100%高岡市場から相対取引で仕入れている。高岡市場は地方市場だが、品揃えの豊富さでは富山、金沢の中央市場に匹敵するほどで、仲卸も二葉で扱う品質を承知しているから、常に最上級の荷を仕入れて待ち受けてくれる。これらをいかにして販売するかが、プロの腕の見せ所になってくるのである。
店売りのほか、結婚式場チェーンが本部一括で仕入れる協力店にもなっている。
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柔道が商売に無限の力を
店主の北島茂さんが中学3年のとき、創業者である父が亡くなった。以後北島さんが継ぐまでの7年間、店は親類などに手助けしてもらって続けられたが、北島さんの学生時代は柔道だけで明け暮れた。当時、地元高校柔道部は全国に名を馳せ、北島さんたちは国民体育大会で全国3位の成績をあげている。卒業後は、優良選手として中央大学に推薦入学し、経済学を学んだ。ひたすら学業と柔道だけの学生時代を送ったが、柔道を続けてきたことが鮮魚店経営に役立ったことは計り知れないという。
「柔道では常に日本一の目標を掲げて指導を受けました。トップクラスの人たちは強いけれどその裏でふだんの努力はすごいんです。とにかく負けたと思ったら終わり。商売もこの考えできました。
商売をやっていて厳しいと思うことはあっても、昔柔道をやっていた頃の厳しさに比べればまだずっと楽。柔道は投げられると痛いですから(笑)。でも、日々の努力が大切だ、努力していれば強くなるというのは、商売にもいえると思います」
もう一つ、私生活では晩婚だったことも大いにプラスに働いている。康子夫人と結婚した95年に北島さんは45歳、翌年女の子が生まれた。この子が成人するまではがんばらねば、という新たな意欲がわいてきたのである。
「いい嫁さんを紹介してもらえたのも柔道関係者のおかげです。同年齢の人たちと話をすると、人生ができあがった感があり、これから先の人生に夢をもっていない人が多い。でも、結婚が遅かったからか私はまだまだ前向きに考えられる。年齢よりも若いとよく言われるんですよ」
康子夫人がこれまで消費者として見てきた目を生かして、買う立場でいろいろ販売面のアドバイスをしてくれるのがとても役立っているという。定休日を利用して、近隣にできた新しい店や繁盛店を行くときは必ず2人一緒にでかける。主婦の目でライバル店をチェックしてもらうのだそうだ。また、おいしい魚を出すと評判の店にもでかけて、その店の品質管理の工夫や、調理のしかたなどを学ぶようにしている。
本物のおいしさを売る
主力を鮮魚、それも高級魚に向けていますが、焼き魚など加工は手がけないのですか。
「付加価値をつけなくとも、富山湾内でとれる魚は、これ自体が付加価値のある立派なブランドになります。本当に富山でとれるいいものだとお客さんはついてきてくれる。でも、大型店はリスクを恐れるので、高級魚は扱えないんですね。一方で、我々が大衆魚を扱って値段で勝負していたのでは、ワンストップショッピングの強みのある大型店にはとても勝ち目はありません。
ですから、プロの目を必要とする本当においしい魚を扱う、大型店が仕入れないものを扱うということが生き残り策、差別化だと思ってずっときました。消費者は値段にシビアですが、少々値段が高くても消費者に納得してもらえるようなものを売らねばいけないと思っています。
幸いなことに、このへんは兼業農家が多く、一家に働き手が3人くらいいるなど、所得水準が高い。ですから、高級なものを買ってもらえる地盤があるということでこうした商売が成り立つのでしょう。うちは客数は多くないけど、単価は高い。
父の代からグレードは高かったのですが、さらにグレードアップに努めてきました。この商店街200mほどの間に魚屋が六軒あったんですが、続いているのはうちだけで、市内全体でも28店くらいに減ってしまいました。残念だけど、ライバル店が減ったことは、逆にビジネスチャンスかもしれないと考えるようにしています。
惣菜もタラコの煮物など作っているものは好評ですが、種類はわずかです。これからも本物のおいしさを売るという意味で、鮮魚一筋にいければと思っています」
本物のおいしさというのは、魚の場合はどういうことなのですか。
「旬の最もおいしい魚を売るということですね。12〜1月のブリ、3〜4月のホタルイカ、4〜5月のタイ、サヨリ、6月のマグロなどは旬の時期にマスコミが宣伝してくれますから、これらの魚はとびきりのものを扱います。大手の割烹や6大都市の高級需要のために売られていくようないい魚は地元でもなかなか口にできませんから、その時期に、そこでしか食べられないものを強力にアピールして売っていくことが大切なんですね。
例えば、我々は『おとし』と呼んでいるんですが、たくさん魚がとれたときに値が安くなるので、漁場の網の中に入れて飼育し出荷調整することがよくあります。こんな魚はうまくありません。
養殖物の場合でも漁場の管理のよしあしで味が違ってきます。ですから、我々小売業は、いいものを見つけて、お客にも生産者にも良心的な値段で販売してあげることも必要なんです。このことも生産者である漁業者のやる気を育てていくうえで大切なことだと思っています。
サンマとかサバは生のものと冷凍魚を溶かして売っているものとがありますが、やはり生物の旬の魚はおいしい。そのあたりも長年商売していると、目利きがきくので、自信をもってお客さんに説明できるんですね。商売はお客さんからも市場からも信頼されないとだめです。
日本人は味覚が敏感ですが、中でも子供は養殖物、天然物などを見分ける舌をもっています。子供たちに、二葉の魚を食べたいと言ってもらえるようにしたいですね。日頃はスーパーの安い魚を食べていても、何回に一度は奮発していいものを食べたい、そんなときに役に立てる店になりたい」
販売促進はどのように。
「メインのものや売りたいものを大々的にアピールするようにしています。すると、旬の時期になるとお客さんも知ってますから、店の前を通るだけで、いいものを売ってるなぁとなるわけです。その人が買ってくれないとしても、口コミでどういうお客さんが来るかわからないので、とにかく日々の努力を大切にしています。
毎日まじめにしていれば大きな商売につながる。大きな事業をしている会社の人が納得すれば歳暮に使ってくれたりしますから、毎日の仕事がそのまま販売促進になっているという感じです。
なにしろ買った人に喜んでもらえるのがモットー。それが積み重ねですよね。努力していても意にそぐわないこともありますからね。
そのお客さんの好き嫌いというのはあります。とれたての魚は甘みないでしょ、とれたてのイメージを好む人もいれば、そうでない人もいるので、好みを把握して売るようになっています。だから、クレームはないです。まじめに毎日家で仕事するようにしていますからね。
ショッピングセンターに夢をかける
トータルイメージで品質をグレードアップ
今までで一番大変だったのはいつ頃ですか。
「ずーっと気の休まるときはないですね(笑)。スーパーが町に進出し始めた頃に、大学から戻ってきて盛り返し、次には大型量販店が出てきて打撃を受けたけど再び盛り返し……とその繰り返しです。
でも、96年にO-157の影響で業界全体に売上げが低下したときにはあまり影響はありませんでした。逆にこの店ならば、ここの魚ならば安心だろうという信頼が大きかった。
それよりもこたえたのは、郊外に次々にできた中型スーパーが手頃な価格で魚を売り出したことでしたね。生鮮3品が揃っていると買いやすいし、新しい店に行ってみたいという欲求が強いでしょう。この影響を受けて客が分散したため、売上げがダウンした状態が続いています。
でも、対策はというと、本物志向で日々の努力をするしかない。お客さんはきっと戻ってきてくれると信じて、今は我慢の時期だと思っています。方針は変えるつもりはありません。
ただし、これからは個店だけでやっていくのは難しいということは実感しています。うちも売上げでは地域一番店かもしれませんが、2円の売上げが限度でしょうね」
絵や花を飾ることで安らぎ空間を演出 |
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各地でインターネットなどを活用して魚の宅配も盛んになってきました。新しい販売方法が今後出てくるかもしれませんが、将来に向けてはどう考えますか。
「今も宅配はしていますが、昔砺波に住んでいた人からの注文に応じる程度で、積極的には働きかけていません。でも、地域だけの商いでは頭打ちになると思うし、情報網が大切ということはわかってはいるんです。ただ具体的にどうすればよいかはまだちょっと……。これからきっとビジネスチャンスはたくさん出てくると思うけど、要は決断力でしょうね、あとはチャンスに応じられるものをもっているか、いないか。 |
もう一つ、これからの魚小売業界は業界全体がよくならないといけないと思います。そうしなければ後継者は育ちませんよ。
心配なのは、ぼくらの世代のほうがグルメだということなんです。いい魚を売ってもそれがわかる層がいないとだめですからね。でも、やり方次第。情熱を持って一生懸命やればお客さんも応えてくれますよ。時間はかかりますが、いい品物をきちんと出せばお客さんはついてくると思うんです。
だから、いい品物をいい環境においてあげたいという思いもあって、店内に花や絵を飾るようにしています。魚を買いにきたとき、花を見れば心安らぐでしょう。水槽をおいて目をなごませてもらうのも同じ意味合いからです。
商品のほうは、陳列ケースで水はけをよくして常に鮮度高く保てるように、品質保持には最大限の注意を払っています」
企業としての発展をめざす
鮮魚販売とともに、北島さんは業界の組合役員としても長年活動してきた。この活動を通じて学んだことを生かすべく、地域内の仲間とともに取り組んできたことがある。それはショッピングセンターの誘致である。
「業界のツアーで、アメリカ、ヨーロッパ、アジアと各地を視察してきましたが、日本経済は完全にアメリカ追随型になっています。アメリカはショッピングセンターが発達していて、いろいろな施設があって、大人から子供まで遊んだり、買物したりして半日は過ごせるんです。
地方ではとりたてて娯楽施設がありませんから、ショッピングセンターそのものが町の活性化になる。このため、ショッピングセンター内での店舗経営が今後有望と考えて、仲間とともに発起人となってここ20年来誘致運動に取り組んできました」
何度も何度も候補先に絞ったユニーに足を運び、こちらの熱意を伝えてきた成果がようやく実を結びそうだ。用地として確保した自動車学校跡地は、周囲に道を新設してどの方角からでもアクセス可能で、交通の便がよい。駐車台数1000台以上、売場面積20000uのショッピングセンターは98年春オープン予定で、核店舗にユニーが入り、専門店街には北島さんも含めた地元の有力店が入店する予定だ。
そうなると設備投資も人の面でも新たな投資で事業を始めることになる。これまで海外各地の鮮魚販売を視察し、また、水産小売業界の役員職などを通じて、見聞き学んできた知識を有効に活用して、魚小売業の今後にも役立つモデル店を作り上げていくつもりだ。もう一つ大きな花を咲かせていきたいと考えている。
「これまでともに活動してきた仲間は様々な業種にわたっていますが、運命をかけられるグループだなと思っています。1人でやれることには限りがあるけど、仲間だからやれたということがあります。
ショッピングセンターに入るにあたっては、みんなが今までの努力が報われるようにしたいとは思っているんですが、企業はシビアですからね。自分のショッピングセンターでテナントに入る予定の店が現在どれだけ売るかの数字はもっているでしょうから、どうなるかは決まってみないとわからないですね。ですから、認められるにはいい数字を出さなくては。
1店の商売では限りがあることがわかっていて誘致活動してきたので、集客力のあるショッピングセンター内で実際に店をできることは大きなビジネスチャンスと期待しています。優秀な人材さえ確保できれば、多店舗展開して4〜5円は到達可能ではないかと思っています。
そうなると、本店としてこちらの店もさらに発展させる必要がある。でも、魚を販売したうえで、配達し、惣菜も売るとなるとかなりの人手が要るんですよね。今は従業員が2人で、忙しいときにはパートを頼む程度ですが、やるときはもっと増やさないと対応できないでしょう。いい仕事をしてもらうためには、いい報酬をあげたいし、店もやりたい人が継いでくれればいいと思っています。
でも、夢がありますよね。いい人材を確保するのは大変だなと思うのと同時に、みんなが張り切って働いている将来の自分の店の姿が浮かんでくるんですよ(笑)。これからもいろいろな苦労が生じてくると思いますが、毎日の苦労が楽しみのようなものです。
砺波は高岡よりも値段は安いし、交通アクセスもよいので、富山県内では人口が増えている数少ない都市のうちの一つです。
これから地域をより固めていくと同時に、インターネット通販などで全国展開していくことも考えていきたい」
将来は、町の魚屋であっても、やはり企業にしていきたい、そのために頭と体を使っていきたいという言葉で結ばれた。モットーとする「まじめな商い」がショッピングセンターでの新たな挑戦でも生かされていくことだろう。
繁盛店のノウハウ
☆ごちそうの素材を販売する
☆花や絵を飾り、清潔で安らぎのある店
☆旬の素材を取り扱う
☆まじめな商い一筋 |