神戸新鮮市場とともに歩む
自分の店を愛し、商店街を愛し、地域を愛する人、青果店を経営する堀江産業株式会社の堀江匡美社長は、そんな人といえる。
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| 日本一の商店街と自負する神戸新鮮市場の中で営業する |
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「うちの商店街は日本一」
堀江社長がそう言い切る商店街の名称は、「神戸新鮮市場」。神戸電鉄湊川駅にほど近い湊川公園周辺の3つの小売市場と2つの商店街が1つの連合体となり、90年に「神戸新鮮市場」が誕生した。530店舗が軒を連ねており、国内最大規模の小売市場といってよい。全国には様々な小売市場があり、その中には観光客を目当てとしたものもあるが、ここ神戸新鮮市場は、真の意味で「神戸市民の台所」となっている。 |
堀江産業の属する東山商店街は、生鮮食料品店を中心に150余店。
最寄り品を扱う店の集合体だけに、神戸新鮮市場の中でも最も人通りが多く、通りによって9000人から1万5000人が訪れる。
もう一方の商店街は、市営地下鉄湊川公園駅に近い湊川商店街で、こちらは衣料品を中心にして205店。
小売市場はミナイチ、マルシン、湊川小売市場である。
もともとの発祥は、大正時代の米騒動を契機に設置された公設市場(現・ミナイチ)で、戦後の闇市を経て、大規模な商業地域を形成するようになった。
95年に阪神・淡路大震災が起き、被害の大きかった湊川小売市場については、周辺地域と合わせて再開発することが決定している。住宅兼店舗の地上13階建て高層ビルが2000年には完成する。1階と地下1階に、約40数店の専門店と権利者の共同設立による食料品スーパーが、新商業施設として誕生する予定だ。
堀江産業はその権利者の1人であるため、現在、スーパー形式で権利者達が営業している仮店舗の野菜部門を担当している。
商店街の活性化や空き店舗対策が取り沙汰されているが、この「神戸新鮮市場」は空き店舗が出てもすぐに埋まるのが自慢である。「ここがだめになるのは、日本の商店街最後の日」とまで言い切る商店経営者もいる。
現在、商店街の空洞化、後継者難など、商店街はいろいろな問題を抱えている。小売市場も、また、伝統的な小売市場スタイルを見直し、セルフ方式に切り替えて活性化を図っているところがある。
だが問題は、個々の商店が自らの個性を発揮することで、どれだけ商店街、小売市場全体の魅力を発揮することに貢献しているかということだろう。
商店街に青果店が複数あっても、たいていの場合、同じものを取り扱っていたり、価格的にどちらも代わり映えがしなかったりする。ある店では高級ツマ野菜に強いが、別の店では京野菜の品揃えが豊富、ハーブならばこの店といった差別化がされていれば、もっと魅力ある商店街が形成されるかもしれない。
その点で、神戸新鮮市場は魅力的である。
ワンストップ・ショッピングのスーパーは、1ヵ所ですべてが揃う点が消費者をひきつけた。神戸新鮮市場も、ここにないものはどこを探してもないのではないかと思わせるほどに、こと食料品に関しては、あらゆる種類のものが揃っている。このほかに衣料や生活雑貨も豊富なのだが、それらが混然としていて、まるでごった煮のような雰囲気をかもしだしているのである。
近隣地域で生活をしている人にとっては、まさに「巨大な台所」であるし、たまたま紛れこんでしまった人にとっては、どこを見ても舞い上がってしまうほど楽しいスペースである。確かに、日本中で最も活気のある商店街・小売市場と説明されても納得してしまう。
買物の楽しさとは何か、店の個性とは何か、商店経営の原点がここにある、といっても過言ではない。
530店舗のうち、最も多い業種は80数店の衣料品だが、青果店は東西100m、南北400mの範囲に15店もある。地方発送の高級松茸で名をなしている店、品質では譲っても松茸の販売量ならば市場一という店、ツマ野菜の多い店など、それぞれがどこかしら個性を出している。
生鮮4品の店舗はそれぞれがボリューム感のある陳列で、見ていても圧倒される。このほかにもわずか1坪もないようなスペースで七味唐辛子を売る店、漬物だけを売る店、惣菜を売る店とそれぞれが個性を発揮している。
これらの店が「神戸新鮮市場」という全体イメージを構成し、街全体を活気あるものにしているのである。
とはいえ、震災以後は人口も減って、スーパーやコンビニ店の乱立のために苦しい商売を強いられているのも事実である。神戸新鮮市場には震災前に1日7万人以上が来街していたが、震災後は3〜5万人に減ってしまった。
より多くの神戸市民に来てほしいというのが、「神戸新鮮市場」全店の願いになっている。
加工の手間をかける
堀江産業の創業は1950年である。東山商店街の入口近くに27uの店舗を構える。
「いらっしゃいませ」と書かれた文字の下に、コンクールでの農林水産大臣賞受賞店と書かれた文字がひときわ大きく目立つ。同店が優良経営食料品等小売店全国コンクールで受賞したのは第2回(92年)だが、以来、常に最高の栄誉に恥じない店をめざして企業努力をしてきた。
「例えば、野菜が高騰したりすると、野菜関連のニュース取材のため、地元のマスコミがうちの店にインタビューに来る。だいぶうちの店もテレビに出ました。宣伝にもなるのでありがたいと思っています」
競合店が15店と数多い中で、同店の特徴になっているのは、1部の商品について加工の手間をかけていることである。
「ここがうちのゴールデンスペースです」と指さしたのは、通りから向かって左側の売り台だ。ここに、ゆでたタケノコ、細タケ、洗浄したゴボウ、ゆがいた菜っぱ、皮をむいたサトイモ、ジャガイモなどが並ぶ。
このほかにも、中央陳列台には皮をむいた豆、ゴボウのササガキ、ニンジンのササガキなどがある。
季節に応じて手間のかけられるものについては、店側で加工して提供する。このため、皮むきや洗浄などは、専門の機械で処理している。
同店は朝9時から夕方6時半までの営業だが、朝のうちは業務筋や飲食店の需要が多く、こうした手間をかけた野菜類は、このような納入先との取引においても、他店との差別化になっている。また、近頃では家庭の主婦の買上げが増えてきている。
56uとさほど広くない売場に、パートも含め12人が従事するのも、加工作業や配達業務でかなりの人員を要するからである。常時、ジャガイモは100〜120s、ゴボウは30〜60sを加工している。配達は売上げの30%を占める。
同店は、加工や配達といった他店では手間がかかりすぎて扱えない、あるいは人手がなくてやめてしまったような隙間部分、というよりはこれから最も求められる部分に注目して、顧客の要望に精一杯こたえているのである。
業務用の顧客が多いことから、高級ツマ野菜も揃え、また、関連食品としての調味料も味にこだわったメーカーのものを取り扱っている。業務客がやってくる朝が1番忙しい。
店頭から一目で見渡せる中央島陳列の平台には、ざる盛りの野菜類を多量に多品種並べ、壁面と奥の冷蔵ケースには、キノコ類のパックやツマ野菜などを陳列している。どれも見やすいプライスカードがついていて、100円単位のわかりやすい価格だ。安さをイメージする末尾「8」の金額も多く見受けられる。通路を広くとって、来店客が回遊できるようにしている。
「うちの場合は、どうしてもプロの買出しが多くなるので、商売人向けの品揃えに重点が置かれています」
したがって、少量買いの顧客には対面販売で受け渡しをし、多種類購入する顧客にはレジを利用してもらっている。
店内の従業員が絶えず商品を陳列し直したり、補充をしたりして手を動かしているので、声をかけやすい。また、向こうからも笑顔でタイミングよく声をかけてくれる。
店内に掲げられた「社是」が、自然に従業員全員に浸透しているようでもある。
「社業を通じ、国家社会に貢献する、責任をもって良品販売をする、お客様に誠実を尽くそう」
これらの社是を実行し、顧客に喜ばれる販売をめざすうえで、仕入先との信頼関係も大切にしている。
神戸中央卸売市場における仕入先は約15店だが、いずれも30年以上の取引で、厚い信頼関係が築かれている。仕入れや請求金額は値切らず、請求書を受け付けて24時間以内に小切手で支払いをするので、仕入先は安心して良品を調達してくれる。
「これから先も、他店のやっていない手間ひまかけた野菜を提供していきたい。実は、惣菜なども手がけてみたいのだが、漬物や惣菜を扱う専門店が同じ商店街の中にあるので、なかなかできない。でも、青果店ならではの惣菜など、特徴を出していくことはできると思うので、今模索しているところです」
震災で商売ができる幸せを知る
神戸では「震災前」「震災後」ですべてが語られる。堀江社長にとっても、それは今も忘れられない記憶である。
「震災の日、店に辿り着いてみると、柱が傾いていてシャッターが開かない。それをなんとかこじ開けて中へ入ると、商品はメチャメチャでした。
翌日も店に出て片づけをしていたら、果物を売っている店で黒山の人だかりなんです。うちも売ったら売れるかもしれないと思い、残っていたものを売ったら、あっという間に売れました。それで翌日からは、トマトとかすぐ食べられるものに品目を絞って売りました。
震災の大変なときだから、いつもよりも値段を下げて売りましたが、お客さんからも『ありがとう』と言われてうれしかったです。
従業員を呼んで店を再開できたのは2ヵ月半後です。魚屋さんは水道が使えないので、2ヵ月間は全く営業にならなかったそうです。でも、震災があった1月は被害も甚大でしたが、前年と変わらない売上げをあげることができました」
震災は、平穏無事に商いができることの幸せを教えてくれた。震災直後は、品薄になったため値段を高くした店もあったが、あえて値段を安価にして提供することで、来店客からは心から感謝された。社是に記しているように、青果業を通じて社会に貢献できたことを実感できた。
今、街は、再開発をしている地域を除けば、震災の爪痕は外部から訪れた人にはわからないまでに復興した。
だが、震災時に味わった「商売をできる幸せ」、そして、顧客からの感謝の言葉は、堀江社長の心の奥にしっかりと刻まれている。このことを思い出すたびに、新たな励みがわいてくるのである。
全国有名市場サミットに託す夢
もう一つの忘れられないこと。それは、全国有名市場サミット実行委員として地域商業活性化に貢献できたことである。
「神戸市がイベントの企画に対して助成をするというので、93年に全国有名市場サミットを企画しました」
このときに参加した市場は、そうそうたるものである。
釧路和商市場(釧路市)は、約80店のうち4分の1が鮮魚店で、年間260万人が訪れる。
アメ横商店街連合会(東京都台東区)は、戦後の闇市から始まった東京屈指の商店街。
近江町市場(金沢市)は、1580年の朝市に始まったというほど歴史が古く、約200店が軒を並べる。
錦市場(京都市)は、400mにわたるアーケードの両側に約130店が並ぶ。昔ながらの老舗が多く、観光客も多い。
黒門市場(大阪市)は、東西250m、南北330mのアーケードの両側に約170店。ミナミの繁華街に近いだけに、食料品店には業務用需要も多い。
旦過市場(北九州市)は、約180mのアーケードに間口1間ほどの店が130店並ぶ。
柳橋連合市場(福岡市)は、5つの市場がまとまったもので、62店のうち、3分の1が鮮魚店となっている。業務用需要が多い。
「それに神戸新鮮市場が加わって、8市場が神戸に一堂に会して催しをするというもので、私たちも助成金に加えてお金を出し合ったし、各市場も自費で参加してくれました。
全国的に有名な市場と違って、神戸新鮮市場を知らないところもありました。だから、趣旨を聞いただけで意気に感じて快諾してくれるところもあれば、私たちの市場をわざわざ視察にみえて、これはまいったと参加の意志を表明された市場もあった。イベント会社の企画だろうといったんは断ったけれども、私たちが独自に企画したことだと知って、受けてくれたところもあった。そういうわけで、参加をとりつけるまでの根回しには苦労したけれども、いったん参加してもらうことになると、本当に盛り上がったのです。
ね、本当にすごい企画でしょう。
9月24日に記念シンポジウムをして、講演や各市場から参加いただいた人たちのパネルディスカッションを開きました。『市場の魅力・再発見!―新鮮・活気・ふれあい』というテーマでしたが、市場の復権への新たな道を模索するということで、都市計画や商店経営、経営学などの専門家を特別パネラーやコーディネータに迎えて約3時間、充実した会合になりました。
25日と26日には、全国有名市場フェアと称して、見る、買う、食べるをテーマに様々なイベントを実施しました。各市場のパネル展や特産品フェア、市場ならではの飲食ゾーン、音楽祭やファッションショーと盛りだくさんでした。その前1週間は、神戸新鮮祭りを開催して、各店が市場フェアをPRしていたので、お客様もたくさん見えました。
会場の湊川公園には18万人がやってきて、それはもうすごかったです」
マスコミがこぞって取り上げて宣伝効果は抜群だった。また、市場という販売方法がいかに多くの消費者から支持されているかもわかった。
昨今は市場が各方面から注目されている。京都の錦市場などは、百貨店で「錦市場フェア」を実施するだけで高い集客効果をあげるほどに有名になっている。
全国の有名市場が8市場も揃うことは並大抵のことではなしえない。3000万円の助成金はあったものの、総計では4000万円の費用がかかった。費用のことを抜きにしても、振り返るとよくぞ実現できたと思うそうだ。
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| 加工品が並ぶ陳列台は、ゴールデンスペース |
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参加した各市場からは、持ち回りで開催してみてはどうか、1年ごとでなくてもよいから定期的に開催できないか、東京ドームをいっぱいにしてみせよう、と前向きな意見も出た。だが、数千万円規模の催しは、助成金なくしてはそうそうできるものではない。なんといっても、小売市場は個店の集まりに過ぎないのだから。
しかし、あのときの熱い思いは、今も昨日のことのように思い出されるし、またチャンスがあれば企画してみたいという思いでいっぱいだ。
小売市場の魅力を全国へ発信していくためにも、また、日本の伝統的な販売方法を継続していくためにも、行政がバックアップしてくれることを期待している。資金面では行政とタイアップしたが、あらゆる面でこれほどまでに大きな企画を運営できたことは、神戸新鮮市場全体の自信になった。
「全国有名市場サミット以来、ワーキング委員会が発足し、現在も続いています。そして、毎年、集客のためのイベントを考えて実施しています。
震災の年に夜店を開いたところ、神戸市民にとても喜んでもらうことができました。
また、95年には、夏祭りと称してグルメ縁日と屋台のオンパレードで演出して、かなり遠方からお客様が見えました。
商店街、市場の発展が自店の活性化につながると確信しています」
今、堀江社長は、再開発ビルが完成する2000年以降をみすえて、青果店の新しい経営、神戸新鮮市場全体の活力づくり、ひいては新たな街づくりを考えている。
個々の店が強く、たくましくなることが、全体のパワーを生み出し、そのエネルギーを糧にしてさらに個店が力をつけていく。これは個店と市場・商店街の理想の姿といってよいだろう。
食料品店が商店街にどのように貢献するか。その答え、あるいはヒントが神戸新鮮市場にはあるようである
繁盛店のノウハウ
☆手間のかかるものを加工して提供する。
☆仕入先との信頼関係を大切にする。
☆己の業を通じて社会的に貢献する。
☆商店街の発展に尽くす。
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