|
|
|
|
テナント経営で発展する鮮魚店 |
| 第3回農林水産省食品流通局長賞。移動販売から始めた商いが、「魚ならばカワマタ」の評価が定着して、北海道で出店をすすめているナショナルチェーンのスーパーからも声をかけられた。98年中に店舗は4店に拡大。「人材育成が難しい」と言いつつも、川又耿一社長の商いに対する姿勢そのものが息子2人、社員たちの一番の教材になっている。 |
|
||
| 北海道虻田郡虻田町高砂町19番地 |
「うちは、魚専門店です。専門店としての気概は、常に持ち続けています。しかし、専門店だけの力で客を呼ぶのはむずかしい時代に入ってきたのも事実です。それで、『寄らば大樹の陰』の発想で、スーパーに集客してもらい、うちは販売に徹するという、テナントとして専業を生かす道を選びました。この道も一生懸命やれば、大きな店からでも『入ってくれ』と頭を下げて頼まれるようになります」 北海道虻田町のスーパーウロコの鮮魚部門に入っている有限会社 カワマタの川又耿一社長は、胸を張って専業であることのすばらしさを語る。 スーパーウロコは、虻田町のほか、伊達市に2店舗、洞爺湖温泉に1店舗をもつ地元スーパーで、カワマタは虻田町(97年出店)、伊達市(93年出店)に入っている。 この2店に加え、ナショナルチェーンであるマイカルの室蘭店、伊達店に98年テナントとして入店した。マイカルは、札幌、釧路、千歳、帯広など道内の主要都市に出店しているが、地元の有力専門店にテナントとしての出店を要請するケースが多い。虻田町周辺で白羽の矢が立ったのが、カワマタであった。 「地元の専門店は、地域の嗜好を把握し、すでに地域になじんでいる点が有利だからでしょう。出店の声をかけていただくのはありがたいが、人員確保と人材育成が大変なんですよ。人材面がうまくいけば、私としても、要請に応じてテナントを拡大していきたい」 そして、これから専門店が生き残る可能性の一つとして、大型店やショッピングセンターのテナントをあげ、その中で専業を生かすことが相互にメリットがある時代が来ると力説する。 具体的には、これまで培ってきた商品知識の集積や販売技術、経験などを集客力の多い場で生かせるし、特に生鮮を扱う業種の場合は、集客力を生む源にもなるというのだ。それを当店は、好売上げという結果を出すことにより証明している。 カワマタ本店が入っている虻田町のスーパーウロコは、JR室蘭本線洞爺駅から徒歩5分ほど。虻田町の主要産業は、農林漁業と観光業で、北海道屈指の観光地である。支笏洞爺国立公園「洞爺湖」には年間400万人の観光客が訪れる。しかし、JR室蘭本線洞爺駅前からは洞爺湖温泉行きのバスやタクシーが利用され、駅周辺の商店街が、観光客によって潤うというわけではない。 人口は、60年に1万3292人とピークだったが、98年は1万0365人に減少し、高齢化が進みつつある。 虻田町では、96年より5カ年計画で、駅前広場整備と駅前通り拡幅事業を進めているところである。従来は駅周辺を素通りしていた観光客を、休憩や買物などで、ひきとめるという期待を込めて取り組まれている。拡幅事業により、廃業した店もあれば、新店を出す店もあり、今のところ、道の両端に並ぶ店はまばらで商店街を形成するというところまではいっていないが、菓子店など、モダンな店が多く見受けられる。 スーパーウロコは、駅を背にして左手に約7分ほど歩いたところにある。右手方向に農協系の店が競合店としてあるぐらいで、ウロコスーパーまでの道筋に総合食料品店は見られない。 従来は駅から3分のところにあったが、道路拡幅のために移転し、売場面積も拡大した。セルフが中心だが、奥の鮮魚売場と精肉売場は、対面販売になっている。 「ここは、最終日曜を除いて、日曜定休です。この辺りも、土・日曜が休みの人が増えてきました。毎週連休ともなると近辺の人は遠方には遊びに行けないが、買物がてら都会に出てみようということで出かけてしまう。隣町の伊達市には車で15分、都会の室蘭市には40〜50分で行けるので、購買客が多く流出し、日曜日は閑散としてしまうのです。日曜定休のスーパーは珍しいかもしれませんね(笑)」 以前はスーパーウロコの1日来店客数は、700人くらいだったが、新店では、平日で1200人、土曜日やイベントのある日には1800人と増えている。テナントであるカワマタ店も、一日平均200人から300人へと、約1.5倍来店客が増えた。 カワマタに限っていえば、客単価が高いのも特徴である。漁業関係者が多く住むので、品物を見る目は高い。安かろう悪かろうの品は敬遠され、カワマタのように品質のよさを追求している店が支持される土地柄である。 5〜6年前には6店あった競合店は、3店に減ってしまった。大型店が出店して、個人の店に魚だけを買いに行く人が減ってしまった現れという。 カワマタでは、店売りだけでなく、洞爺湖温泉のホテルや旅館などのほか、料理店や病院関係などへの納入もしている。 スーパーウロコは、もともと地元の卸問屋だった。流通が広域化してきて、札幌など都会からの業者が参入してきたために、卸売業が低迷し、その打開策として総合食品小売業に乗り出したという経緯がある。 一方、川又さんのほうは、最初から小売の世界に入ったわけではない。生家が漁師だったので、長男だった川又さんも高校を卒業すると、ごく自然の成り行きで大洋漁業水産会社に入社し、7年間南氷洋の捕鯨船に乗った。しかし、この間に時代の流れをみてとって、小売をしようと決心したのである。そして、当時卸問屋だったウロコに数年間勤務して「商売の基本」を学んだ後、65年に会社を設立、移動販売からスタートした。 「漁師をしたかったが、だんだん魚がいなくなると、どこかで踏ん切りをつけて転換しなければと考えるようになりました。それで、どうせやるなら商いをしよう、魚に関する仕事ならばできると思ったのです」 移動販売で地元周辺や温泉地を回る生活を4〜5年続けた。当日売り切りを目標に販売していても、どうしてもロスが出る。それで店がほしいと思っていたときに、建物を所有する人が、川又さんの働きぶりを見込んでか、商売をやらないかと声をかけてくれた。「渡りに船」とばかりに、仲間に声をかけ、生鮮3品と一般食品を扱う4店で小売市場の「中央市場」を開いた。 30歳を過ぎて、ようやく憧れの「店」を手に入れたのだった。 「店をもったときは、失敗するなんてことは毛頭浮かばなかったし、努力すればしただけのことはあると思っていました。これでなんとかやっていけるかな、やっていかねばならないと思っていましたね。当時は、冷蔵設備以外に資金はそれほど必要でなく、振り返ってみても、とんとん拍子にきたというのが実感です」 やがて、卸から小売業に転じることになったスーパーウロコからテナント要請を受け、カワマタと食肉販売のオオヤミートが入店することを決め、他の2店は廃業して「中央市場」は消滅した。 そして、現在も、鮮魚と食肉の2店は、スーパーウロコの中で対面販売を続け、集客の核となって貢献している。 93年に第3回優良経営食料品等小売店全国コンクールで食品流通局長賞を受賞したときは旧店舗だったが、その頃でも、90年に1億8000万円だった売上げが、年々114〜116%のペースで伸びていた。 その後、世間は景気が低迷したものの、カワマタだけは消費者の支持を受け続け、新店舗に移っても活気のある売場をつくっている。 仕入れは、室蘭市場が中心で、ずっと川又さん自身が続けていたが、98年から長男にバトンタッチした。だが、虻田、豊浦、有珠地区にある漁業協同組合の産地市場には、自ら出向いている。室蘭市場は高級魚介や輸入物が強く、地元市場からは地場の魚類や干物を仕入れている。また、次男が勤務していた縁で、札幌市場から業務用納入の冷蔵エビやマグロなどを仕入れることもある。このあたりは、室蘭と札幌の相場を見比べながら、臨機応変によいものを安く仕入れている。 「魚は、鮮度のよいものが命です。よいものをいかに安く消費者に提供するかが、我々の使命です。そういう姿勢で商いをするから、消費者もついてきてくれるのでしょう」 「サラリーはお客様からいただくのだから、その気持ちになって接しなさい、と常日頃社員に言っています」 「大切なのは、よい魚を用意して信頼を得ること。鮮度の落ちた魚を下のほうに並べる店もありましたが、今は、そんなことをしたらお客はついてきません。お客が損をしたと思わないような売り方をしなさい、逆に、自分が買って食べてもよかったと思うような売り方をしなさい、と言っています。 陳列の仕方によって多少売れ行きは違ってきますが、見た目においしそうに並べるのは、自然に身についていくものです。要は、販売の心を学んでほしい」 「専業店として、よい商品、よい売り方、よい実績をあげていると、世間の人は見ていてくれます。だが、これからは専業だけではきびしいと思われるので、テナント参加も、専業店の一つの可能性としておすすめしたい」 まず地元の足腰を鍛えた上で、次のステップをめざしたいと張り切っている。 売場は、対面販売のコーナーとセルフ売場にある1ケース。やはり、人気は対面販売のコーナーだ。 活きのよい魚介類が、いかにも新鮮そうでボリュームたっぷり。北海道ならではのイカやサケ類、釧路方面で漁獲できるキンキも安い。地物のハタハタ、ホッケ、ウニ、ホタテ、貝つぶなどが並ぶ。海の町ならではの、ここでないと食べられないものが豊富に並ぶ。 陳列が終わると、手があいた人から呼び込みに入る。「イワシ、イワシ、イワシがおいしいよ」「地物だよッ」と威勢のよい男性陣。 「このへんだったら、輪切りに3つくらいに切って料理するとおいしいです」
|