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株式会社 能 登 屋

神奈川県横浜市神奈川区大口通127-5

営業時間:9:00〜18:30(毎週木曜日定休)

 贈答需要開拓で地域から広域販売へ 
  

 
食品小売業を取り巻く環境は年々厳しさを増しているが、その中でも製造小売業は伸びが見込める業種といわれてきた。自社で商品を製造すると商品の付加価値を高めることができるからである。その製造小売業とても、様々な問題を抱えている。その問題をどのようにクリアするかに、勝ち残りの成否がかかっている。

北出滝夫さんを中心に長男の力也さん(右)、三男の幸三郎さん

  
 ●かつて繁盛した生活商店街に立地
 
 (株)能登屋の本店は、横浜の中心街に比較的近く、横浜線大口駅より徒歩5分、アーケードのついた大口駅前商店街入り口近くに立地する。横浜・川崎市内に支店3店をもち、加工所は本店を含めて2か所。商品構成はさつま揚げなどの揚げ物類65%、蒸し物類15%、ゆで物類・焼き物類各10%となっている。

 「200海里問題以後、原料の入手がとても難しくなりました。大手水産会社が練り製品を製造し、我々の仕事を侵食するような状況にもなってきています。

 蒲鉾製造は従業員5人くらいまでの家内工業的な業者が多く、神奈川、東京周辺の組合員数も減少してきています。

 食生活の洋風化により、練り製品全体の製造量もかなり落ち込んでいると予想されます。

 この商店街自体も昭和30年代頃までは買い物客でごったがえしていたのに、いまでは120店のうち、空き店舗が20店近くあり、夕方の買い物時間も閑散としている。それでも安さが売り物の商店街なので、値上げしたくともできない。こんな状況で販売は難しいですよ。量販店のディスカウント販売に比べて、おたくのは高いとも言われる。しかし、価格で勝負したいとは思いません」

 二代目社長の北出滝夫さんは、自店を取り巻く厳しい状況をざっと数え上げた。@原料確保の難しさ、A食生活の洋風化、B商店街の沈滞化、C大型店の安売り、等々。自助努力だけではどうにもならない状況により、売上げはここ数年落ちこんだり、ほぼ横這いで推移しているそうだ。

 だが、景気の影響を受けにくいといわれる食料品販売が軒並み苦戦している中で、横這いを保っているのは、そこに何とか踏みとどまっていられる経営技術があるからだろう。

 第3回優良経営食料品等小売店全国コンクール日本経済新聞社社長賞 

   ●良質の原料を確保する

 販売の決め手は、商品の味である。これは良質の原料をいかに安定して確保するかにかかっている。能登屋では、原料となるすり身を冷凍品でなく、築地市場から生のつぶし物で仕入れて即日すり身に加工している。冷凍庫2基(合計10t)をもち、大量に入荷した際はすり身にした後、冷凍貯蔵するため、仲卸から「量を販売しきれないとき」に声がかかるようになった。こうして数カ月分先までは原料を確保できる態勢をとっている。
 
 能登屋で蒲鉾やさつま揚げの材料に多く利用しているのはグチやカスゴ(小型のタイ)である。グチは一般的なすり身の原料とされるスケトウタラに比べ、遊離アミノ酸や油脂成分が豊富なので旨味のある練り製品ができるが、それだけに高級原料とされている。これらが入荷しなければ死活問題となるので、能登屋では一部魚種のみ業者を介しての産地直送も手がけ、なんとしても原料の安定確保に努めている。

 ●ベテラン職人の技を生かし、手づくりを貫く

 材料がととのえば、次は製造である。これは徹底した手づくりを原則とする。年末等の時期によっては一部機械作業も導入しているが、年末の多忙時に「やむをえず」稼働させるだけである。原料をきめ細やかに擂(す)るのは、昔ながらの石臼器。こうした道具を使用している業者はほとんどいなくなったが、このほうがよく擂れてよいのだそうだ。さらに、滑らかに練る、分量を測る、揚げる、といった各工程に、ベテラン職人たちの技が加わって、能登屋の製品が仕上がっていく。職人たちは機械は使わずとも、使いやすい道具を工夫することにより作業を効率化し、スムーズな流れを作り出している。

 

従業員数は30人(パート含)    

    職人芸のような製造工程

 「人間が最高の機械ですよ。だから、長い間にはお客様にわかっていただけると確信しています」。北出社長は当分「原料から全工程手づくり」の方針を変える気はない。製造する様子はガラス越しに店頭から見えるが、整頓の行き届いた作業場、真っ白な作業着などが、味だけでなく清潔感も強調し、店への信頼を一層高めている。

 ●クール便活用により贈答需要を伸ばす

 出来立てのおいしさに加え、バラエティーに富んだ商品も顧客をひきつけている。常時約30品目は店頭に並べ、ぎょうざ巻、えび巻、チーズ巻、ウィンナー巻など若い世代に人気の商品も開発している。北出さんの代になってから商品数を増やし、季節に応じた商品も工夫してきた。

 価格に見合った味という点では、コストパフォマンスが高い。原料の質を落とさず、職人たちの手づくり、となると利益を圧迫することになる。しかし何とか利益を確保しているのは、贈答需要を伸ばしているからにほかならない。

  
 クール宅急便が始まり、懸念されていた輸送中の温度管理の問題がクリアされた。能登屋では「語(かたらい)」2000円から「宴」5700円まで、高級感のある名前をつけた贈答セットを10種類用意している。1日の注文は30〜40件だが、中元・歳暮期には注文が激増するため、セット注文であると効率よく受注できる。平成10年に年間注文が1万件を越え、翌11年は1万5000件、ことしは2万件も見込めるほど。大量に扱うため、送料も便宜を図ってもらえるようになった。

 一方で、来店客の中にも手土産にしたいという用途が増えてきている。日常の食費には財布の紐は固くなりがちでも、贈答の出費となると別だ。有望な地域特産品になってきた。

 今後さらに力を入れるのも贈答分野である。蓄積した顧客データは約6万件、このうち、中元・歳暮の時期には得意客に向けてダイレクトメールを約5000通出しているが、ことしは約1万通にしようと計画している。

 
 ●家族が助け合ってよりよい商品をめざす

 北出さんにとってうれしいことに、長男力也さんと三男幸三郎さんがともに店に携わってくれた。このため、後継者たち、ベテラン職人、販売員ともに自分の仕事に工夫をこらし、責任体制を築いていくために、北出さんは「信頼し任せる」ということを心がけている。「各人が社長だと思ってやりなさいと言っているんです(笑)」という社長の声にこたえ、子息たちからは次のような抱負が返ってきた。
 「お客様に健康によく安心できるさつま揚げを召し上がっていただきたい」(力也さん)
 「父は仕事に対して頑固なほどに信念をもっている。そうした親の背中を見ているので、よりよい商品づくりを心がけたい」(幸三郎さん)
 顧客層を広げる次なる展開として、横浜の百貨店のイベントに参加したり、ホームページ(http://www.notoya-net.co.jp)を開設したり、店の外へも積極的に働きかけを始めた。当面、売上げは4億円をめざしている。(2000年5月)

 

【取材を終えて】

 職人さんたちが練った原料を1個ずつより分けていく。その大きさと重さはほとんど違いはないだろうと思われるほどの正確さ。長年の熟練技といえます。そうやって、できあがる品物が70〜80円という安さで買えるとはオドロキ。買い物する消費者の立場では、もちろん値段は安いほうがいいわけですが、原料から練って、より分けて、揚げて、と何人もが携わる工程を見ていると、個々の商品がとてもお値打ちに見えてきます。

 注文を聞いて、店員さんがボールに入れていきますが、これだと昔ながらのやり方。若い人たちが通るならば、クレープや鯛焼きを食べるような感覚で、その場で食べられればよいのにと思いました。おつまみセット、軽食セットみたいな提案もあれば、うれしいなあ。
 ここでは、息子さん2人も加わって店を支えていました。「後継者がいない」のは、どの業界でも深刻な悩みになっていますが、嘆く前に、子供に経営を託してもよいと思われるだけの店にすることでしょう。店を繁盛させてから、「後は任せるからね〜」と親が一歩ひいて見守っていてくれる。そういう店がよいと思います。

 商店の基本は地域の人たちを大事にすることには変わりありませんが、この店では、デパートの催事販売などで、外に攻めていったり、贈答品市場を開拓していました。右の写真は、ところてんをついているところですが、昔懐かしい光景と若い店員さんとの取り合わせがなんだか新鮮でした。